バスケをやめた日のこと
ほとんどの人には、バスケをやめた日があります。引退試合の日ではなく、もっとあとの、何でもない日に。

最後の試合の日を、たいていの人は覚えています。点差も、誰が泣いていたかも。けれど「バスケをやめた日」はそこではありません。
本当にやめた日は、もっとあとに来ます。何でもない平日の夜、部屋の隅に置いたままのボールを見て、しばらく触っていないな、と気づく。あの日です。
やめたつもりはなかった
進学して、就職して、住む街が変わって。体育館の鍵を借りる相手がいなくなって、平日の夜に集まる理由がなくなる。誰も「やめよう」とは言いません。ただ、集まらなくなるだけです。
それでも、しばらくは持ち歩いています。引っ越しのたびにボールを段ボールに入れて、新しい部屋の隅に置く。使わないのに捨てられない。捨てたら本当に終わる気がするからです。
残っているのは、うまさではない
何年も経つと、シュートフォームは崩れます。走れる距離も短くなる。技術は簡単に落ちていきます。
それでも残るものがあります。
体育館の匂いを嗅いだ瞬間に、体が勝手に反応すること。テレビでいい試合を見ると、まだ心拍が上がること。知らない人でも、コートで目が合えば意思が通じること。そういうものは、練習をやめても落ちません。
あの時間が、今の自分をつくってる。
締め切り前に粘れるのも、うまくいかない日を引きずらずに次に行けるのも、たぶんあの頃に覚えたことです。ドリブルの技術は消えても、そこだけは残っている。
戻る人は、けっこういる
面白いのは、一度離れた人がまた戻ってくることです。社会人サークル、3×3、休日の公園。しかも戻ってきた人ほど、うまくやろうとしません。楽しそうにやっています。
勝つためではなく、また集まるためにやる。そこまで行くと、たぶんもうやめません。
だから、コートの上だけの服はつくらない
RIMOTION がつくっているのは、試合に勝つための服ではありません。ボールを持っていない時間にも着ていられる服です。
いまバスケをしていない人にも着てほしいと思っています。かつてやっていた人、これから始める人、見るのが好きなだけの人。リングの向こう側を見ようとしたことがある人なら、全員です。
またみんなでバスケしような。あの約束を、ブランドの真ん中に置いています。
RIMOTION / DROP 001 について詳しくは 商品ページ をご覧ください。

